人を変えるコストと、人を変えなければならないよっぽどの理由

背景

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最近、色んなことやってて、度々「人を変える」というシーンが多くて、そういうの下手くそな自分は若干というかかなり息切れしていて、疲労感も恵比寿の隣くらいなワケです。そこでとある友人からいただいた言葉がハハーンってなったんです。

人変えるのってめっちゃコスト高いので
よほどの事情がなければ
やろうとしないほうがいい

確かにコスト高いし、そう言われると物凄く非効率なことをやっているのではないか?という思いに苛まれました。

無駄なことはしたくない

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一見無駄なことに思えることでも、意味があったりするのですが、その説明をきちんとしていたのか?俺?ってこと。せっかちな自分は

あーもー、なんでこんなこともわからないんだよ

ってなってた。そもそもそんな風になる必要性なんてなかったことに気づいた。

手や口を出す度の上限を決める

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1から10まで手や口を出す?というのは実に非効率だ。しかもそういうのは

なんだアイツうるせぇな

ってなりがち。実際、僕もかなりうるさかったんだと思ってる。嫌われることは全く怖くないので、結構キツめに怒ってしまうこともあった。それも無意味。チームビルディングにあまり良い影響はないのかもしれない。やり方を自分で見つけてもらう力を養ってもらう、また、そういった事を探す・見つけ出す習慣を作る意欲を削いでしまっては、どうにもこうにも、事も子もない。

その人を変えなければならないよっぽどの理由とは?

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正直わからない。自分が楽になるため?物凄く自己中心的だったのではないか?そう思うようになった。

つまり

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なんでもない。

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